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2000/09/09

『胡桃の中の世界』 澁澤龍彦 / 河出書房新社(河出文庫)

Nimg1087【役に立たない知識はなんてカッコいいのだろう】

 出口裕弘によれば,当時の澁澤の作業はよくもあしくもフランス語の文献からの「コラージュ」だったという。確かにその通りで,彼の業績の多くは古今の文献からさまざまなイメージの宝石を切り取って羅列したことであり,翻訳者としてブルトンやサドを紹介した行為も,その延長に過ぎないのかもしれない(*1)。
 だが,この種のフレーバーに引き寄せられる傾向のある者にとって,澁澤のコラージュはネコにマタタビ,オタクにアニメビデオである。なにしろ黒魔術に錬金術,毒薬にエロティシズム。石の中に宇宙があって,ホムルンクスは白目を剥き,薔薇十字は時を越えて秘密をひさぐのである。ごろにゃんにゃん。

 そんな澁澤作品の中で,この烏丸のお気に入りは,エッセイ13作品をまとめた『胡桃の中の世界』だ。
 たとえば,その中の一編「宇宙卵について」では,澁澤はまずピエロ・デラ・フランチェスカの聖母子の頭上に描かれた駝鳥の卵が処女懐胎のシンボルであることに着目し,卵から宇宙が発生するという世界各地の神話に思いを馳せ,さらには錬金術において「賢者の石」を精製する容器たる「哲学の卵」について詳解する。まさしく「うっとりだな」((C)晴明)。

 正直に言おう,この烏丸,『胡桃の中の世界』が発刊された当時はこれらにいかなる意味があるのやら,ちっともわからなかった。今だって「わかる」などと言うつもりはない。しかし,病気の正体を知らなくともハシカには罹る。ひとたびその香味を知ってしまったなら,彼の作品のみならずシュルレアリスムや黒魔術の文献求めて東西駆けめぐったのはいつの日か。

 無論,澁澤が列挙する知識が何かの役に立つかと問われれば,大概において否と答えるほかない。しかし,役に立たない知識は,逆にいえば純粋培養された読書の,ピュアな快感を呼ぶ。のちにオウム・サリン事件に結びついたオカルトブームは,一見近しい話題を扱いながら,勘違いや思い込みの強さにおいて,澁澤のサングラスの奥のダンディーな眼差しとは無縁だ。
 何言ってるんだかさっぱりわからない? 実は,書き手もよくわかっていないのである。

*1……澁澤が翻訳したサド『悪徳の栄え 続』が猥褻罪で摘発されたのは1959(昭和34)年。三島由紀夫,遠藤周作,埴谷雄高,吉行淳之介らを証人とするなど「猥褻」の定義をめぐって文壇,社会を巻き込んだ後,十年後の1969年有罪判決。フランス書院文庫やマドンナメイトが発禁にならず,逆にインターネット上のJPEGファイルに性器が見えた見えないで摘発が完結する昨今を思うと隔世の感あり。

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