『ナース』 山田正紀 / 角川春樹事務所(ハルキ・ホラー文庫)
【おちょくってはいけないもの】
さて,500万部のベストセラーになった『おたんこナース』である。これは,ハムテル,二階堂らが活躍する『動物のお医者さん』で北大獣医学部の受験倍率を上げに上げたと言われる佐々木倫子が,看護婦経験をもとにしたエッセイ集で知られる小林光恵の原案を得て……おっかしいなあ。烏丸が買ったこの本,文字ばっかりで,コミックじゃないみたい。
などという一人ボケはさておき,山田正紀『ナース』だ。
まず,復活を果たした角川春樹に,おかえりなさいと言いたい。そうだよな。あのカドカワ映画のラインナップが,『REX』で幕ではサマにならない。そういえば,カドカワ映画のOPは,不死鳥,フェニックスのマークだった。さあ,またあの,「2回見る気にはならないが,1回見る分にはなかなか話題性に富む」作品と宣伝で,邦画界をにぎわしてほしい。詳しくは枕元に立つ信玄のお告げを待つべし。
続いては,山田正紀。この人は,ヘンな作家。星,小松,筒井に続く世代の代表としてSF界に登場したときは,新人とは思えないストーリーテリングの巧みさと,小松作品を彷彿とさせるスケールの大きさで注目を集めたものだが,『神狩り』をはじめ,当時の代表作はいずれもなぜか日本SFのスタンダードとはならなかった。その後,冒険小説,コンゲーム,本格ミステリと,次々に挑戦し,その都度あっと驚くような作品をものするのだが,今ではそのいずれもが,忘れ去られている。「器用すぎるんだろうなぁ」,と烏丸はにらんでいるのだが。
最近では幻冬舎文庫で手に入る『女囮捜査官』シリーズの全5巻(触覚・視覚・聴覚・嗅覚・味覚)が実によくできたミステリ・サスペンス作品としてお奨めだ。とくに4巻目『嗅覚』の二階堂黎人の解説が,なぜ新本格の連中が不快なのか,自分たちで証明してくれているという点でポイントが高い。必読ですわよ。
さて,かんじんの『ナース』だが,おそらく,才能あふれる山田正紀,この220ページのホラーごとき,きっと一晩で書けたのだろうなあ。よくもあしくも,そういう出来である。
カバーから,内容の一部を紹介しよう。「ジャンボ機が標高1000メートルを越す山中に墜落。日本赤十字の七人の看護婦たちが急遽現場へ向かうことになった。そこで見たものは……」
もの書きには,通常,おちょくってはいけないものがある。15年前のあの事故や,赤十字,そして人間の死体というのが,多分それだ。しかし,山田正紀は平気。もうぶんぶん,「壮絶ノンストップホラーアクション」なのである。500人分が,ちぎれ,もぐれ,飛び,はね,ああもう! なのである。人間数百人分の死体をずたずたのぬちゃぬちゃにさばいたプールで泳ぐような話,とでもいえばよいか。
SFやミステリには,こういうことはできない。どうしても,理屈に足をとられてしまう。だからホラーは面白い,という見方は可能だろうし,だからホラーはつまらないという言い方も,また,正しい。「それ」が何なのか,「それ」はどうしようとしたのか,どうやってナースたちは「それ」と対抗できたのか。答えなんかない。「いいじゃん」と笑う山田正紀の声が聞こえるような気がする。「ホラーなんだし」。
ところで,烏丸はこの『ナース』を通勤の電車で読み終えた。電車を降り,家に向かいながら,自分がしきりに,早く帰って手を洗わねばと考えていることに気がつき,愕然とした。別に,何に触ったわけではない。
そういう本なのだ。『ナース』。
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