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2000/08/18

『あかい花』 フセ-ヴォロド・ミハイロヴィチ・ガルシン,神西 清 訳 / 岩波書店(岩波文庫)

Nimg951 【たまには露文に浸る】

 「守備範囲が広い」などとお誉めの言葉をいただくと,ついつい舞い上がってグラン・フェッテ・アン・トールナン一発決めようとするのがこの烏丸である。というわけで,今回はロシア文学,それもパラフィン紙のカバーも馨しい時代の岩波文庫だ。

 「個人の恋愛を詩にするなどということはもはや贅沢で……」というようなことを書いていたのは『荒地』のころの田村隆一だったか。気がついてみれば今やそれは詩に限らず,個人の恋愛だの絶望だの狂気だのを小説に描くのも贅沢なシュミとなり果てた。ベストセラーにも映画にもなりにくいし。
 そう思うと逆に,個人の恋愛だの絶望だの狂気だのを切々と言葉にできた時代,それも小賢しいフランス心理小説などより,不器用で土の香りもナイーブなロシアの短い作品たちが愛しいというものだ。プーシキン,ゴーゴリ,ツルゲーネフ,エセーニン(泣),マヤコフスキー,などなど(もちろん,彼らの作品が私小説的であった,なんてことを言っているわけではない)。

 というわけで,ときにはガルシンの『あかい花』なんぞ手にとってみる。100ページそこそこの薄っぺらい短編集なのだが,学生時代と違い,ストレートに1冊読み通すのがとてもつらい。長編小説を読むのに体力が要るように,こういったピュアなテキストを読むのにも,またパワーが必要なのだ。濁った海の魚が真水で生きていけないようなものか。
 表題作は,精神病院の病室の窓から見た真っ赤な花に心を乱され,それと懸命に戦う中でがちゃがちゃに壊れていく若者の話。その花が何の象徴か,とか,そんなことはもう考えない。ただ,心を半分開いて,痛々しさに身を任せる。

 ところで,ガルシンは自宅の階段から身を投げて死んだのだそうだ。死に方まで贅沢で痛々しいのである。

 もう一点,すっかり忘れていたこと。
 手元の『あかい花』は,岩波文庫の第ニ九刷(昭和四九年一月一〇日 発行)で,奥付には「定価★」とある。当時の岩波文庫はこの★の数で価格設定されており(この頃,★一つは七十円だったか?),『あかい花』や『外套・鼻』が★一つ,『ヴェニスの商人』が★二つ,『シラノ・ド・ベルジュラック』が★三つ……という具合で,間の価格はなかったのである。

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