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2000/08/09

『鬼平犯科帳』 池波正太郎 / 文藝春秋社(文春文庫版は24巻まで)

Nimg950 【ごめん】

 千住大橋をすぎて上野,人形町,八丁堀とめぐる電車に揺られながら,目は左手の池波正太郎を追っている。
 火付盗賊改方の長官「鬼平」こと長谷川平蔵と配下の与力,同心,密偵たちの,あるときはサスペンス,あるときは義理人情あふれるやり取りに心を躍らせ,気がむけば女房に軍鶏鍋,柚子切り蕎麦,根深汁など用意させて酒を楽しむというのは,十代二十代のころにはなかなかわからなかった
  (これは,もう,たまらぬ)
よろこびである。

 ちなみに「火付盗賊改方」は徳川幕府,若年寄直属の一種の軍隊で,奉行所に比べて特別の機動性を許され,兇悪犯に対しては取り調べをせずとも成敗することができた。
 妾腹に生まれ,若いころには無頼に走り,火付盗賊改方の長官となった今も
  「血を流さず,女をてごめにせず,盗られて難儀する所へは入らず」
を身上として本格のつとめ(盗み)をする者には温かく,兇悪犯にはとことん厳しく向かう鬼平の姿に,平成のサラリーマンの通勤電車と池波正太郎は
  「もう切っても切れぬ間柄」
になってしまったといってよい。

 鬼平は公務によく舟を使う。毎日とは言わないまでも会社勤めもそのようにはならないものか。
  「全く人間とは奇妙なものよ」
とため息をつきつつ,文庫を片手に思いはあれこれとどまらぬ。

 たとえば,読み進めるうちに,当時の役職をまとめた表のようなものがあれば,と思う。
 吉宗はなにしろ暴れん坊とはいえ将軍である。水戸黄門も先の副将軍。田沼意次が老中,遠山の金さんは北町奉行で,奉行といえばこれはもう本来市井に姿を現さないくらい偉いお殿様である。
 長谷川平蔵は四百石の旗本。役職として火付盗賊改方の長官を務めている。だから,盗賊の一味に旗本がいても,
  「やりにくい」
程度であって,
  「手が出せぬ」
ほどではない。
 さて,与力といえば奉行や火付盗賊改方の長官にはアゴで使われる身分。ところがこの与力が,平岩弓枝『御宿かわせみ』では「殿様」扱いで,だから侍の娘とはいえ宿屋の女将るいと与力の弟たる東吾はなかなか夫婦になれない。
 さらに与力の下に,半七や銭形平次らの岡っ引き。このあたりになると,犯罪に旗本が参画していたら
  「何も見なかった」
ことにせざるを得ない。さらには八五郎ら下っ引き。
 これら役職をきちんとツリー構造にして,それぞれにテレビドラマのキャストの写真をリンクといったホームページ,誰か作ってくれぬものか。

 あるいは,「お上の御用」。考えてみれば奇妙な言葉である。「用」とは英語でいえばbusiness,あるいはmatterであろうか。別に何をさすわけでもない。「御用」のポイントは「御」のほうである。つまり,
  「上のほうの,やんごとない」
ことだから,おぬしら悪党どももここはひとつ神妙に,ということなのである。こうしたことに
  「おもしろい……」
などとまるでひとごとのように
  「溜飲を下げて」
しまうのは,読者とはいえまことに
  「盗人たけだけしい」
といえよう。

 満員電車の乗り越しついでにもうひとつ。
 『鬼平犯科帳』を読んでいると,鬼平が居酒屋や小間物屋などに入るときは,塗笠をとりながら
  「ゆるせ」
と言ってつかつかと入る。シブい。
 現代なら「失礼」「おじゃまします」「ごめんください」か。コンビニで店員が奥にいたりすると「すみませーん」。

 それにつけても,なぜ客というもの,このように謝ってばかりいなければならないのだろう。

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