2026/05/28

『店長がバカすぎて』 早見和真 / ハルキ文庫

Photo_20260528183901 少し前のベストセラー。
無神経なタイトルに読む前からイヤな予感がしていたのだけど、未読の棚が片付かないのでともかく消費(失礼)。

主人公は(おそらく四年生大学を卒業後)就職活動がうまくいかず、都内の書店の契約社員として雇われる。激務だが薄給、お客からのクレームは相次ぎ、推しの本は取次からまわしてもらえない。
・・・気の毒に思わないでもないが、主人公は毎日店長の所業にただ苛立つばかり。みずから正社員になろうとも職場を改善しようとも店長の長い朝礼を回避しようともせず、少なくとも作中で6年間をほぼ無為に過ごす。

この手の読み物のご多分に漏れず、最終章にはさまざまな幸運が主人公を待ち受けているが、、、
結局主人公は最初から最後まで「都合のいい契約社員」であり、終盤にいたっても主人公のスタンスは「白馬に乗った王子様(のような都合のよい出来事)」を待つばかり。

同じ職場モノでも『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~』で森若さんはディフェンス、オフェンスともにきちんと自分の処理能力の中で最善を尽くすし、同じベストセラーでも『成瀬は天下を取りに行く』(宮島未奈、新潮社)シリーズで成瀬は女であること、若輩であることにみずからの限界、壁を設けない(気持ちいい!)。

本の中と実社会は別物、されどさりながら『店長がバカすぎて』は社会に対して消極的なサラリーマンがただ愚痴をこぼす、先の詰んだ話としか思えない。おとぎ話なエンディングなど普通はまず訪れないので若い人は決して本作をマネしないように。

ちなみにタイトルだが、もしこれが『契約社員がバカすぎて』だったらそもそも発行できていただろうか。
ハーフパンツのすね毛問題もそうだけど、おっさんについてなら何をどんなふうに言ってもいいという風習は少し考えたほうがいい。その天秤に乗っている限り女性は平等に扱われることがない。

2026/05/14

Sto lat『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上・下)』 アンディ・ウィアー、小野田和子 訳 / ハヤカワ文庫

Photo_20260511192501ずっと以前、家族と一緒に見た映画「オデッセイ」(原作タイトルは『火星の人』)がべらぼうに面白かったので、同じ作者の本書も期待して手に取った。期待にたがわず、メガギガテラに面白かった。

ストーリー展開から大道具・小道具まで、何を書いてもネタバレになってしまいそうな本なので、いつものようにカバー記載のあらすじから一部を引用。

謎の空間でひとり目覚めた男は、徐々に記憶を取り戻していく。いま地球は太陽エネルギーを食らう生命体アストロファージにより滅亡の危機に瀕していること、自分が人類の総力を結集した救済計画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の選抜メンバー、ライランド・グレースであり・・・(後略)

小声で暴露するなら、大小さまざまな危機がその都度ご都合主義に救われるあたり、「これ、おかしかろ?」とか「ありえねー、無理すじー」とか指摘したい展開は町の歯医者の数ほどある。また歯の磨き方の指導を受けてしまった。

しかし、奥歯にゴマのつまったようなちょっかいやなくて難癖をなぎ倒して最後のページまでぐいぐいと、本書は実に力強く、かつ面白くできている。
「できている」という言葉を使ったが、これはそういう類の作品。いうなりゃ工学、建築学に分類されるべきエンターテインメントで、ストーリーを彩る情緒、情感の通し柱は中世騎士道物語のそれに近い。悪くいえばハリボテ、見掛け倒しの類なのだが、それにアストロファージの存在、それに敢然と立ち向かう人類、そして主人公グレースたちのテクニカルな挑戦が肉付けされて物語は俄然イーリアス、オデッセイアの様相を帯びる。

主人公のグレースは決して大剣を振りかざす英雄の人となりではない。
これは科学者と技術者が勝利をもたらす、ストロングスタイルの青春の書なのだ。


おまけ──────。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の最高責任者であり、アメリカ大統領やロシア大統領をも凌駕するマンガレベルの権力と判断力をもつ作中人物、その名が「エヴァ・ストラット」。
「ストラット」の音に覚えがあるなと思って棚をあさると、ありました、『ピアノの森』(一色まこと)で何度か描かれたポーランドの祝歌「スト・ラット」。
残念ながら小説のストラットさんは「Stratt」、ポーランドの歌は「Sto lat」でスペルも発音も違う。
いやしかし、祝歌「Sto lat」は、偶然であろうがなかろうが、作中の「プロジェクト・ヘイル・メアリー」に賭けられた希望を称え、祈ってなおあまりある、素晴らしい歌詞ではないかと思うんだよ僕は。

  100年、100年
  元気に生きて
  100年、100年
  私たちと一緒に
  もう100年、もう100年
  私たちとずっと
  一緒に生きて!

      (『ピアノの森』第26巻より)

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2026/05/07

Grace! 『立ち飲みご令嬢』(現在7巻まで) 松本明澄 / 講談社 モーニングKC

Photo_20260507165601 ミシュラン店オーナーを父に持つ美食家令嬢・神乃美子。
料理界で〝氷の味覚女王〟と恐れられる美子が時間や社会に囚われず、立ち飲みグルメに魅了され、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼女は自分勝手になり、「自由」になる。誰にも邪魔されず、気を遣わず酒を飲み、ものを食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の「癒し」、と言えるのである──。

と、途中からどこかの番組のオープニングみたいになってしまったが、要はライトでコミカルな食マンガ、どの巻のどこから読んでもお気楽極楽、あはーん、くつろぐ。エアーコンディショニング。

・・・それが、最新の第7巻において、少しだけ様子が変わってきた。
ほんの2冊前、第5巻では

  未だに
  立ち飲み屋における
  暗黙の了解やノリに
  馴染めない・・・

とシュンとする美子が描かれていたというのに、最新巻では酒に記憶を飛ばし、手羽先にかぶり付き、炙りスルメを咥え、〆のラーメンを楽しむ。

いや、そういった所業のいちいちはこれまでにも描かれてはきた。
しかし、ここにきて美子の立ち姿、雰囲気が大人っぽく、アングルが豊かで、ことに上下二段、2コマのオチの「間」がとてもいい。

化けたな。

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(付記)
「化けた」と言っておきながら逆のことを書くが、マンガの連載作品では一般にストーリーやギャグの枠を広げるため回を重ねるにつれてサブキャラを増やしていきがちだ。
ところが、驚いたことにこの『立ち飲みご令嬢』では、飲み仲間のりんごちゃんや小鳥葉拓実、幼馴染の料里鉄人、神乃家のメイド静、(のちに常連となる)立ち飲み屋の店員ヒロ、さらに人物だけでなく、美子の決めゼリフ?の「ごきげん酔う!」「乾杯あそばせ」まで、全員、すべて、第1巻からきちんと描かれているのだ。これは稀有なことかと思う。またそれが本作が7巻まできても内容が妙に拡散してバタつかない理由かと思う。

2026/05/04

『2023 ザ・ベストミステリーズ』 日本推理作家協会編 / 講談社文庫

2023 いくどか書名や体裁を衣替えしてきた本シリーズ、近年は巻頭に「日本推理作家協会賞短篇部門」の受賞作、続いてそのノミネート作品を収録する、という体裁をとっている。
それ自体はどうということはないのだが、なんとなく、全体に受賞作、ひいては賞そのものを「ヨイショ」する雰囲気がどこかに見え隠れし、それが鼻につかないでも、ない。

ただ、今年の1冊は、全篇にわたり、すごくよかった。

ミステリでは人が殺されなければならない、などと主張する気はないが、ささやかな日常の謎を描くにせよ、その謎は深く人生の峡谷を刻むものであってほしい。
ところが本シリーズ、『ザ・ベストミステリーズ』と名を変えたあたりから、ともするとある日の情景と心持ちをふんわり描いて終わる、そのような緩めのミステリ、いやミステリとも言い辛い作品が目につき、どうかと思われた。
今回は明確に殺人事件を解く作品に恵まれ、そうでないものも人としてのルールを踏み外したことから起こる事件を描くなど・・・つまりはテーマに容赦がなく、読み手に峻厳を求めるのである。

目次は以下のとおり。

  西澤保彦「異分子の彼女」
  浅倉秋成「ファーストが裏切った」
  鵜林伸也「ベッドの下でタップダンスを」
  川瀬七緒「美しさの定義」
  北山猛邦「神の光」
  櫻田智也「赤の追憶」
  米澤穂信「倫敦スコーンの謎」

以下、雑感。

「異分子の彼女」、作者西澤保彦は昨年11月に肺がんで亡くなった。64歳は早すぎるだろう。殺す側の黒い心理や生き残った語り手の寂寥感が描かれる作品に佳作が多かったためか、どうも西澤康彦が死んだ、という事実に今ひとつ実感がない。
西澤作品はガチガチの本格推理からSF設定内での本格推理、タガのはずれたグロテスクな心理描写、ハメを外したエロエロコメディなど多岐にわたり、個人的に国内作家では最もたくさん読ませていただいた。作風で束ねていろいろ感想を書きたい語りたいと思っているうちにもう20年経ってしまった。近年はなぜか過去作を切り張って薄めたような「腕貫探偵シリーズ」が妙に売れてしまって、緩めの作家として読まれて消えそうでそれも心配だ。神麻嗣子は保科匡緒と能解匡緒との間の娘に違いないのに、それが二度と確認できないと思うと、それもつらい。

浅倉秋成「ファーストが裏切った」、この年度の大きな成果の一つ。野球をテーマにしたミステリはかねてより少なくないが、その中でも歴史に残すべき1作。登場人物の奇態さ、不気味さは類を見ない。普通のミステリでいうところの「動機」が最後まで描かれないことを是とするか否とするか。

鵜林伸也「ベッドの下でタップダンスを」。前半、ヒッチコックの『ハリーの災難』や坂田靖子のマンガに通じるドタバタコメディに腹を抱えて笑うが、最後には冒頭からの伏線を回収した見事なオチが待っている。匠の技である。

川瀬七緒「美しさの定義」、捜査、推理の展開をある角度から見ればホームズ以来の伝統的な探偵小説かと思う。最初の見開き2ページに癖のある関係者が何人も登場して少し混乱する。解説で「仕立屋探偵 桐ヶ谷京介」というシリーズの一作であると知って多少納得できたが、探偵役の桐ヶ谷京介やゲーム実況者水森小春の2人がどういう経緯で警察の協力をすることになったかはこの一篇では把握できず、少し落ち着かない読み応えが残った(もちろん、本短篇一作の責任ではない)。

北山猛邦「神の光」、事件の場所が描かれたところで大きな背景には思いがいたる。あとはいくつかの要素をからませるチカラワザ。しいていうと「瓦礫」は整理整頓しないと更地のようにはなるまい。

「赤の追憶」、櫻田智也が昆虫好きの風来坊を主人公に描く魞沢泉(えりさわせん)シリーズは日本推理作家協会賞を受賞したり、『ザ・ベストミステリーズ』にも再三掲載されたり、と評価が高い・・・が、このブログでも再三指摘しているように、昆虫の話が事件や推理にほとんど関係がない。今回も、花屋を舞台にした後半のドラマは素晴らしいが、最初のムシの話は導入にもなっていない。

「倫敦スコーンの謎」、正直にいうと以前より米澤穂信はあまり好きではない。氷菓シリーズがアニメ化されたころに何冊か読んでみたが、数冊で投げた。ただ、ミステリ作品としての評価は個人の好き嫌いとはまた別にある。本作は高校の同級生である小佐内さんと小鳩くんが学園の謎を解き明かす<小市民>シリーズの一篇だが、2人の会話、そのタイミングの妙、丸い包丁をはじめ道具立ての巧みさ、そして推理とその落とし先まですべて滑らかで欠けるところがない。ただ、調理実習でスコーンを焼いたり、カフェで焼き立てのスコーンを味わったり、と、このあたりが昭和生まれをおびえさせるのだ。

2026/04/21

姫ヶ嶽 海に身投ぐる いや果ても 『愛媛怪談』 三好一平 / 竹書房文庫

Photo_20260421211101 当ブログでも過去『茨城怪談』『埼玉怪談』『千葉怪談』『京都怪談 神隠し』『京都怪談 猿の聲』と取り上げてきた竹書房のご当地怪談シリーズ、北はさいはて青森・北海道、南は神の国出雲・修羅の国北九州・琉球と、全国津々浦々を恐怖に染めてきたものだが、それが、ついに! 四国上陸! 『愛媛怪談』出来!

著者の三好一平氏は愛媛県南宇和郡愛南町の出身だそうで、これは愛媛県を右上に翔ぶ獅子の形とみなすと後肢のあたり(南予)。
そのためか、どうしても愛南町、宇和島市、西予市、伊方町(獅子のしっぽ)、八幡浜市、、、と南予の怪談の割合が多く、またそれらお国の神社や祭りごとの紹介がつまびらかで地元ならではの筆運び。
中予にしても伊予市、砥部町あたり、南予寄りといえば南予寄りの怪談が目立ち、要は獅子の頭から前肢にあたる今治市、西条市、新居浜市、四国中央市の濃密さが今ひとつ。

・・・何の話かといえば、漫画家矢代まさこ氏と同じ伊予三島市(現・四国中央市)に生まれ育った烏丸としては郷里の話題がやや少なくて多勢に無勢、肩身が狭い。太鼓台かついで酔いしれる亡霊とかはいないものか。

無勢はさておき、何度か書いた「戦乱の世、城が攻め落とされた折、城主の息女年姫がこの崖から身を投げて、のちその霊が現れる」という四国中央市川之江城の「姫ヶ嶽」が取り上げられており、これが活字になったのを見るのは嬉しい。小学校の狭い世界の噂話というわけでもなかったようで60年ぶりにモヤモヤがすっきり。
ちなみに、前回も書いたが、この川之江城、1970年代のUFOブームの折には「UFOの基地」では、と話題になった場所でもある。
その時点ではまだ現在の天守はなく、ちょっとした動物園の設営された「城跡」公園にすぎなかったのだけれど。
Photo_20260421212001  Photo_20260421212002

『愛媛怪談』に話を戻そう、取材された怪談の一つひとつはそうエキセントリックに神経を逆なでするものではなく、まず神社の売店に売られる地域の民話本に載っているような伝承を紹介し、それにかかわる(現在の?)怪奇現象を聞き語る、というのが各篇の基本ペース。
視線を感じる、後ろで声がする、影がついてくるといった話が多く、要は愛媛の怪異は「振り向いてはいけない」「拾ってはいけない」ようだ。
ただし、西条市を舞台とした「夏の底」、県内某所(非公開)の「春」の2篇は空気の冷える、ある意味本格的な「怪談」であり、見たらいかん、うかつに読んだら夜、寝られん。あかんで。





2026/04/06

『あらあらかしこ(3)』『ねこの夢ひとの夢』『鸚鵡』 波津彬子 / 小学館

3_20260406190401 波津彬子(祝画業45周年!)の作品は書棚に並び置けばそれなりにたくさん出ているのだが、週刊誌の連載マンガのようにパンパン連発で書店に並ぶわけではない。

論より証拠、一番人気(おそらく)の『雨柳堂夢咄』など、2021年の2月に其ノ十八が出て以来5年待っても其ノ十九が出ない。

それが、どうしたことか、この2月、4月には
  『あらあらかしこ』の第3巻
  『ねこの夢ひとの夢』
  『鸚鵡』
の3冊が息継ぐ間もなく発売されて、書庫はすっかりあやかしと猫の気配で和の色尽くしだ。

実は、よくわからず読んでいるのではないかという疾しさはある。
ただ椿の一輪差しをするのに
  開く前のを
  切らんならんよ
  葉は五枚ね
       (『異国の花守』)
とかいった大切な言葉をあるいは素通りしているやもしれぬ。

それでも、波津彬子を読むのは楽しい。
『あらあらかしこ』なら、謎の女性から届く不思議な手紙、それを首を傾げながら書き起こす朴訥書生の深山杏之介。それを随筆にまとめ上げる小説家・高村紫汞、それをマンガに仕立てる波津彬子。
あやかしのリンクがメビウスの輪のように結ぼれて、これは穏やかなれど波津彬子の密かな代表作とすべきかもしれぬ。

機知の掬うほろ苦さと静かな切なさに溢れた短編集『ねこの夢ひとの夢』『鸚鵡』は言うにおよばず、桜は雨に散りぬるを。

2026/04/02

『夜鷹ふたたび』(第1巻) イズミダフユキ / 講談社 モーニングKC

1_20260402185901 伝説の殺し屋“夜鷹”が業界から姿を消して8年。
現在、“それ”は現役当時より18キロ増えたズブズブのヤニカス・酒カス・家賃滞納のクズニートと化していた。

というわけで待望の単行本第1巻! 嬉しい!
ちなみに1冊の8割がたはクズ。クソ。カス。
それが、いざ


  (得も言われぬ惨劇)



こーはいくんも“しごでき”の篠田さんも公安の高田さんもみんないい味出してスキがない。
ダラなのは“夜鷹”だけ。

単行本がやっと出た! ところで続刊がヤニに手が出そうなほど待ち遠しい。
そんなクズ、もとい、マンガはそうはない。
さあ、“業界”と一緒に僕だち読者も“夜鷹”狩りだ。うぷ。



『見える子ちゃん』(14巻) 泉 朝樹 / KADOKAWA メディアファクトリー

14_20260402190501 これでもかこれでもかと説明されない「不穏」ばかりを練り固めたここしばらくのお話に比べて、『見える子ちゃん』14巻は(くどいようだけど比較すれば)明るくて楽しい。
頼りになる黒服のおともに守られて登校。ゴキブリのお化けも平気。
父母のなれそめ、屋上のタコさんウィンナー。
家族で動物園、カバ、カバモドキ、雄ライオンにまたがるアオヤマさん。

とりま、どの場面もバケモノだらけ。

ところでカラー表紙の四谷みこ(それとも八雲透子?)の眸は遠くを見て、いつもすてきすてき。
今巻ならカラー口絵。

2026/03/23

おお、まみあな 『旅情夢譚』 岡本綺堂 / 光文社文庫

Photo_20260323185501 昨年の秋から抱えごとが続き、気ぜわしくてあまり本が読めぬ。

リハビリ目的にいろいろ軽めの本を試してみるのだが、軽ければ軽いなりに目が上滑りしてどうもいけない。
とくに意図もなしに久しぶりに岡本綺堂を手に取ってみたのだが、これは、なかなか、よかった。

綺堂作品として必ずしも名作とされてはおらぬ気配の本作だが、これは語り手の誰それが旅先で遭遇した不可思議な出来事を筆者が聞き記す、つまり昨今なら「実話怪談」に類する短篇集。
「実話怪談」としては、なにぶん古さが否めないが、「奇ッ怪な出来事が起こり、あとからそれにかかわる人物がその時間に亡くなったことが知れた」など、現在でもよく聞く怪談が少なくない。
ちなみに伝聞がもととなっているぶん、怪異と直面した死者の数は当節の「実話怪談」本よりよほど多いかもしれない。

怪談としての内容以上に不思議なのは、綺堂の文章が大正、昭和初期、つまり現在から100年ほど昔に書かれたものにもかかわらず平明かつ円滑、早い話が読みやすい。
ごく一部(「出来(しゅったい)」や「結句」など)を除き用語熟語も今とさほど変わらず、なにより語り手、書き手の細かい心理の流れが時代を越えて違和感がない。それが心地よい。

一つ、巻の中盤に「狸尼」という短篇があり、これについては少し疑義というか別解を書いておきたい。

これは修行の旅の途上、通りがかりの村の石地蔵に突然言い知れぬ信仰心を抱き、その村に住み着くことになった尼が、その石地蔵の足元で死んで発見された。その尼が犬を極端に嫌っていたこと、石地蔵にしがみついて泣いているところをたびたび見うけられたこと、などのことから「狸尼」でないかと噂された、という話である。
語り手の医師は彼女を一種の色情狂患者と断じ、犬を嫌うのはかつて犬に噛まれたせい、死んだのも犬に驚くかどうかして心臓が破れたか頭を打って脳震盪を起こしたのではないか、尼の墓を掘った狸が犬に噛み殺されたのもまあ関係なかろう、と、身も蓋もない解釈の連発で話は閉じる。

しかし、、、
まったく確証もない憶測に過ぎないが、この尼にはかつて愛しい子があったのではないか。若くして仏門に入ったのはその子を亡くしたため。子が亡くなったのは野犬かなにかに噛まれたため(尼の脛にも犬に噛まれた跡があった)、石地蔵に惹かれたのはその面影が子の姿に似ていたため。
・・・よくある話なのは重々承知だが、「お宗旨ぐるい」「色情狂患者」(いずれも本文より)と語り継がれるよりは尼も穏やかに成仏できるのではないかと思う。囲炉裏しゅうしゅう、囲炉裏ぱちぱち。

2026/03/02

『一次元の挿し木』 松下龍之介 / 宝島社文庫

Photo_20260302191701 感じたことをバラバラっと書く。

『一次元の挿し木』という魅力的なタイトルの文庫の帯の惹句によると、本書は

第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作

銭湯の「ここではきものをぬぐ」とよく似た構文ではある。
「ここで履物を脱ぐ」なのか、「ここでは着物を脱ぐ」なのか。

実のところ巻末の解説によれば惜しくも「大賞」は逃し「文庫グランプリ受賞作」となったらしい本作だが、それでもたいへんに売れているようでけっこうなことだ。
あちこちの書店に平積みを見掛けたので、売れているのは間違いないと思う。
紙の本のパッとしないこの時代、素晴らしいことだ。

では、ネタバレにならない程度にストーリーを見てみよう(すごいよ)。
文庫カバーの紹介文は以下のようなものだ。

「ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝人類学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果を担当教授の石見崎に相談しようとした矢先、石見崎は何物かに殺害された。古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室から古人骨も盗まれた。(以下略)」

この大風呂敷を、作者は伏線含めて強引に畳んでみせる。天晴れだ。

ただ・・・この違和感の砂粒は何だろう。
山のような「偶然」やハイパーテクノロジーの魔法はこの手のエンタメ作品のお約束、ご愛敬だからさておくとして、

かつて、ミステリを語ろう、書こう、できればプロになりたい、と志す、たとえば大学のミステリ研究会のようなところでは、おそらく、コナン・ドイルはもちろん、クイーンやヴァン・ダイン、クロフツ、あるいはクリスティのあのあたりの特殊な作品などが必読書であったに違いない。それとは別にチャンドラーや乱歩を旗幟に掲げる者もいただろう。
それらの書物は始祖であり、聖書であり、手本だったはずだ。それらに焦がれて書かれた数々のミステリ作品は、また、その後継者の手本となっていったことだろう。

しかし、『一次元の挿し木』にそうした系譜の気配はない。
謎があり、事件があり、主人公がそれを追うという枠組みは似ているが、こまごました「縛り」が違う。

では、ヒマラヤ山中、標高五千メートルの地に実在するという「ループクンド湖」、異なる時代の、膨大な遺骨が残されたこの湖の謎についてなんらかの新たな推察が提示されるかといえば、そういうわけでもない。
つまり『一次元の挿し木』は小松左京や山田正紀、ホーガンらの末裔でもない、ようなのだ。
(70年代の日本SFを読みなれた者なら、文庫カバーの紹介文から本書のプロットのおおむねは予測できてしまうかもしれない。)

まあ、『一次元の挿し木』が、マンガ、アニメ、ゲーム、あるいはそれ以外・・・いかなる系譜の「挿し木」なのかはよくわからないが、登場人物が自在に動くならそれでよい。この作者の次回作も、きっと楽しく読まれるに違いない。

おまけ。
強酸や強アルカリで人体を溶かすのは不可能ではないだろうが、ある程度溶かすと薄まるため相当量の薬液が必要となること、あるいは容器をどうするか、廃液をどうするか、などなど、いろいろ問題があって、骨だけきれいに残すのは簡単ではないように思う。



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