いくどか書名や体裁を衣替えしてきた本シリーズ、近年は巻頭に「日本推理作家協会賞短篇部門」の受賞作、続いてそのノミネート作品を収録する、という体裁をとっている。
それ自体はどうということはないのだが、なんとなく、全体に受賞作、ひいては賞そのものを「ヨイショ」する雰囲気がどこかに見え隠れし、それが鼻につかないでも、ない。
ただ、今年の1冊は、全篇にわたり、すごくよかった。
ミステリでは人が殺されなければならない、などと主張する気はないが、ささやかな日常の謎を描くにせよ、その謎は深く人生の峡谷を刻むものであってほしい。
ところが本シリーズ、『ザ・ベストミステリーズ』と名を変えたあたりから、ともするとある日の情景と心持ちをふんわり描いて終わる、そのような緩めのミステリ、いやミステリとも言い辛い作品が目につき、どうかと思われた。
今回は明確に殺人事件を解く作品に恵まれ、そうでないものも人としてのルールを踏み外したことから起こる事件を描くなど・・・つまりはテーマに容赦がなく、読み手に峻厳を求めるのである。
目次は以下のとおり。
西澤保彦「異分子の彼女」
浅倉秋成「ファーストが裏切った」
鵜林伸也「ベッドの下でタップダンスを」
川瀬七緒「美しさの定義」
北山猛邦「神の光」
櫻田智也「赤の追憶」
米澤穂信「倫敦スコーンの謎」
以下、雑感。
「異分子の彼女」、作者西澤保彦は昨年11月に肺がんで亡くなった。64歳は早すぎるだろう。殺す側の黒い心理や生き残った語り手の寂寥感が描かれる作品に佳作が多かったためか、どうも西澤康彦が死んだ、という事実に今ひとつ実感がない。
西澤作品はガチガチの本格推理からSF設定内での本格推理、タガのはずれたグロテスクな心理描写、ハメを外したエロエロコメディなど多岐にわたり、個人的に国内作家では最もたくさん読ませていただいた。作風で束ねていろいろ感想を書きたい語りたいと思っているうちにもう20年経ってしまった。近年はなぜか過去作を切り張って薄めたような「腕貫探偵シリーズ」が妙に売れてしまって、緩めの作家として読まれて消えそうでそれも心配だ。神麻嗣子は保科匡緒と能解匡緒との間の娘に違いないのに、それが二度と確認できないと思うと、それもつらい。
浅倉秋成「ファーストが裏切った」、この年度の大きな成果の一つ。野球をテーマにしたミステリはかねてより少なくないが、その中でも歴史に残すべき1作。登場人物の奇態さ、不気味さは類を見ない。普通のミステリでいうところの「動機」が最後まで描かれないことを是とするか否とするか。
鵜林伸也「ベッドの下でタップダンスを」。前半、ヒッチコックの『ハリーの災難』や坂田靖子のマンガに通じるドタバタコメディに腹を抱えて笑うが、最後には冒頭からの伏線を回収した見事なオチが待っている。匠の技である。
川瀬七緒「美しさの定義」、捜査、推理の展開をある角度から見ればホームズ以来の伝統的な探偵小説かと思う。最初の見開き2ページに癖のある関係者が何人も登場して少し混乱する。解説で「仕立屋探偵 桐ヶ谷京介」というシリーズの一作であると知って多少納得できたが、探偵役の桐ヶ谷京介やゲーム実況者水森小春の2人がどういう経緯で警察の協力をすることになったかはこの一篇では把握できず、少し落ち着かない読み応えが残った(もちろん、本短篇一作の責任ではない)。
北山猛邦「神の光」、事件の場所が描かれたところで大きな背景には思いがいたる。あとはいくつかの要素をからませるチカラワザ。しいていうと「瓦礫」は整理整頓しないと更地のようにはなるまい。
「赤の追憶」、櫻田智也が昆虫好きの風来坊を主人公に描く魞沢泉(えりさわせん)シリーズは日本推理作家協会賞を受賞したり、『ザ・ベストミステリーズ』にも再三掲載されたり、と評価が高い・・・が、このブログでも再三指摘しているように、昆虫の話が事件や推理にほとんど関係がない。今回も、花屋を舞台にした後半のドラマは素晴らしいが、最初のムシの話は導入にもなっていない。
「倫敦スコーンの謎」、正直にいうと以前より米澤穂信はあまり好きではない。氷菓シリーズがアニメ化されたころに何冊か読んでみたが、数冊で投げた。ただ、ミステリ作品としての評価は個人の好き嫌いとはまた別にある。本作は高校の同級生である小佐内さんと小鳩くんが学園の謎を解き明かす<小市民>シリーズの一篇だが、2人の会話、そのタイミングの妙、丸い包丁をはじめ道具立ての巧みさ、そして推理とその落とし先まですべて滑らかで欠けるところがない。ただ、調理実習でスコーンを焼いたり、カフェで焼き立てのスコーンを味わったり、と、このあたりが昭和生まれをおびえさせるのだ。