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2016/09/24

留め金がはずれたとき 『ささやく真実』 ヘレン・マクロイ、駒月雅子 訳 / 創元推理文庫

Photo面白い。なぜこんな秀作が未訳で残っていたのだろう。

有り余る前夫の資産と美貌、そして悪趣味なパーティで知られるクローディア。彼女は知人の生化学者が開発中の強力な自白剤を盗み出し、自宅のパーティで飲み物に混ぜて客に振る舞う。しかし、そこに始まった本音の暴露大会は、彼女をも叩きのめすものだった。

ここまで切り取っても人間ドラマとして切れ味満点、104ページの最後の台詞で終わる中編に仕立て直しても十分読み応えがありそうだ。

そしてその夜、起こるべくして起こった殺人事件の現場にたまたま足を踏み入れた精神科医ウィリング博士。苦心の末に彼が指摘する犯人は……。

という後半の推理部の展開もなかなか読ませる。
パーティの参加者から使用人にいたるまで、登場人物それぞれの奇矯さが事件の真相に加担し、あらゆる伏線が一つの結論に集約される。まさしく「筆がのって」書かれた印象だ。

難を言えば(心理学的観点から真相を追及するウィリングもの全般に言えることだが)犯人特定の物的証拠には乏しく、もし追い詰められた人物が観念して告白しなければ、逮捕、公判の維持は難しかったんじゃないか、という点。ま、そんなこと言い出すと刑事コロンボの名エンディングだって成り立たないわけですが。

ヘレン・マクロイは才が立つというか、つい作品に時代背景(戦争、ナチズム…)や流行りもの(SF的小物やスパイ風味)を器用に混ぜ込んでしまい、そのため今となってはかえってあざとく感じられたり、古臭く見えたり、と残念な作品もある。本作でも一部大戦の影がさしてはいるが、全体に悪女クローディアを中心とした心理ドラマと論理ゲームで押し切っており、今読んでもすっきり味わえる気がする。

2016/09/20

『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo森若沙名子は石鹸や入浴剤を開発、販売する天天コーポレーションに入社5年めの27歳。経理部に勤めている。
彼氏いない暦=年齢だが、きっちり働いて責任を果たし、働いた分の給料を適切にもらって自分のために使う今の生活に満足している。ところがある日の終業時間過ぎ、営業担当者が持ち込んできた領収書には……。

タイトルこそやや刺激的だが、経費で落とすべきでない費用を列記するビジネス書ではない。4,800円のタコ焼き代も、テーマパークのチケット代も、誠実に説明され、上司の承認が得られたなら結局通すのが主人公の仕事である。

それでも企画、開発、営業、経理それぞれの部署には軽微ながら確執があり、派遣社員が自社製品を購入し、サンプルとして知人に配ってよいか、といったデリケートなトラブルも発生する。

……など、あれこれ内容を切り売りしてもしかたがない。

早い話、みんな大好きシン・ゴジラの尾頭ヒロミ課長補佐を少しマイルドにしたようなクールなヒロイン。「なぜそうなるのだ」と鋭角的に自動追尾するその思考を追うだけで萌え度50どんぐり。反論の社内オンライン入力は受け付けません。

2016/09/17

『ネオ寄生獣』 岩明均、萩尾望都 ほか / 講談社 アフタヌーンKC

Photo岩明均『寄生獣』(1988~1995年)に捧ぐ、トリビュート作品集。

参加者は萩尾望都、太田モアレ、竹谷隆之、韮沢靖、真島ヒロ、PEACH-PIT、熊倉隆敏、皆川亮二、植芝理一、遠藤浩輝、瀧波ユカリ、平本アキラ。
(以下、個々の内容に触れるので、未読の方はご注意。)

特筆すべきは巻頭、萩尾望都の「由良の門を」。
『寄生獣』後の世界を描いて秀逸。よもや、の主人公といい、能楽「海人」の「玉の段」を素地にしたストーリーといい、もはや別次元の水準。
『寄生獣』という作品の計り知れない力は、よくできたホラー、サスペンス、SFマンガとして読み手を楽しませる一方、人間に寄生し人間を捕食する寄生獣が自らの存在意義を問い(「我々はか弱い」)、また寄生された人間がどこまで人間であるかを問われ(「きみ…… 泉 新一君 ……だよね?」)、つまりは読み手に「人間とは何か」と繰り返し問いかけてくることによる。「由良の門を」はその観点で正統な『寄生獣』の継承の一つだ。
惜しむらくは登場人物の一人が原作の浦上とそっくりな行動原理によっているにもかかわらず、とくにその点について深掘りせず、たまたまそういう人物が現れたようにしか描かれていない。主人公が浦上のコピーを圧倒することの意義は本来極めて大きかったはずなのだ。

太田モアレ「今夜もEat it」、熊倉隆敏「変わりもの」。
後藤の死後、寄生獣たちが市井に紛れた後、それぞれに「家庭」を築く姿を描く。とぼけた雰囲気の中に一種異様な緊張感があり、それぞれ素晴らしい。さすがアフタヌーン。

皆川亮二「PERFECT SOLDIER」、遠藤浩輝「EDIBLE」。
いかにもこの2人が描きそうなミリタリーアクション。いずれも完成度は高いが、『寄生獣』の、無造作に読み手を裏切るあの素っ頓狂な意外性に欠けるのは残念。

真島ヒロ「ルーシィとミギー」、瀧波ユカリ「寄生!! 江古田ちゃん」、平本アキラ「アゴなしゲンとオレは寄生獣」。
自身のキャラクターを遣いゴマにし、さらっとギャグに仕立てる。それぞれ寄生のさせ方にワザがあり、プロの仕事を感じさせる(ただし、教条的『寄生獣』ファンには抵抗があるかもしれない)。

各作の後の『寄生獣』の魅力を答えるコメントで光ったのは、描き込みのすさまじい「ミギーの旅」を寄稿した植芝理一、

  リアリティとデフォルメ、恐怖とその中に含まれる少しのユーモアのバランスが絶妙なところでしょう。

の一節。
この「少しのユーモア」が、あちらこちら背中の傷のようにひきつった『寄生獣』を救い、再読をうながすのだ。

2016/09/11

〔短評〕 『所得倍増伝説 疾風の勇人(2)』 大和田秀樹 / 講談社 モーニングKC

Photo待望の2巻出来。

帯に「戦後はもはや歴史!」とあり。その通り。だとするなら、たとえば三十代、つまり70年代中盤以降に生まれた方々に、本書や山本直樹の『レッド』はほんとのところどう読まれているのだろう。
太平洋戦争、GHQによる占領、安保闘争、連合赤軍事件等々といった昭和の歴史の、知識はあるが実態はピンとこないのか、実はがっつり詳しいのか、それともまるきりご存知ないのか。

本書に登場する吉田茂や池田勇人らの働きで日本が独立を取り戻したのは烏丸の生まれたほんの数年前である。池田勇人の記憶はあまりないが、佐藤栄作や田中角栄、大平正芳は「おらが時代の総理大臣」の意識が強い。

もちろん、テレビでリアルタイムに見ていたからといって本当のことを知っているとは限らない。野党第一党の代表選で選ばれようという人物の国籍一つ、藪の中だ。──しかし、藪の中、八百の嘘の中からこそドラマは生まれる。

昭和ウェルカム。大河ドラマもいい加減戦国武将や新選組ばかりでなく、昭和の宰相を描いてみせよ。

2016/09/05

『愚者たちの棺』 コリン・ワトスン、直良和美 訳 / 創元推理文庫

Photo港町の顔役であり貨物仲介業者だったキャロブリートの思いがけず侘しい葬式から7ヶ月。今度は新聞社社主のグウィルが感電死する。真冬の鉄塔下にスリッパ姿で発見された死体は、口にマシュマロをほおばったままだった。相次ぐ町の名士の死に隠された謎は……。

扉の紹介文の「D・M・ディヴァインに匹敵する巧手」との指摘が気になって、急いで読んでみた。

森英俊氏による解説ではワトスンとディヴァインは活動期間が重なっているというだけで、技巧・傾向的に近いとされているわけではない。
濃い人間ドラマの随所に巧緻なミスディレクションを用意し、隠された悲劇を明らかにするディヴァイン(そのためシリーズ探偵はいない)に対し、ワトスンの作品はどちらかといえば昨今よく見かける北欧の警察小説の元祖というか、事件の状況こそ突飛だが、その謎を警察のチームが着々とリアルに暴いていく展開。
したがって、主人公にあたる警部パーブライトは、この事件を担当する前と後で何一つ変わることはない。ディヴァインの作品では事件の前後で主人公が対外的にも自身も生まれ変わる、むしろその「再生」こそがテーマになっているのと全く逆で、この一点を見ても作風が180度異なることがわかる。

また、ワトスンの作品では謎解きはあくまで「捜査」の結果であって、本文に隠されたヒントから読者が犯人やトリックを読み当てる、という楽しみはない(ある程度見当はつくのだが、なにしろ後出しジャンケンが多い)。

警察側のスタッフはおおむねまじめでそこそこ有能、犯人側がややダーティ。60年代のセピアカラー刑事ドラマを懐かしく思う向きには楽しい読み物となるに違いない。

それにしても──「コリン・ワトスン」という著者名がなんとも頼りない。「コリン」はまだしも(「ウィルキー」は別として「ウィルソン」や「デクスター」は年代的に後)、「ワトスン」で警察小説を書くことに抵抗はなかったのか。なかったのなら、ちょっと問題じゃないか。

«多摩川から宇宙(そら)をのぞむ 『蒼の六郷』 あさりよしとお / 白泉社