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2017/10/19

『好奇心は女子高生を殺す(1)』 高橋聖一 / 小学館 サンデーうぇぶりSSC

Photo描かれた1コマを見ただけで作者が特定できる、高橋聖一の新刊。

もともとはサンデーうぇぶりというサイトで配信中のコミック作品なのだが、紙でじっくり読みたいので単行本を購入した(こんな感傷はもう昭和人だけのものかもしれない)。

ストーリーは高校入学初日の放課後に知り合った(呑気で能天気だが行動的な)柚子原みかんと(優秀だが慎重に過ぎてコミュ力不足な)青紫あかね子がさまざまな不思議体験を通して友情を深めていく、というもの。
「友情を深めて」などと書いたら「いたたたたたっ」と北斗八悶九断が炸裂しそうだが、そこは読めばきっとわかる。
各編、ギャグに落としているように見えて、骨組みはきちんとSF。いや、異星人やタイムリープが出てくるからSF、というわけではない。試みがSpeculative Fiction、ということだ。
しかも全編通しての味わいは懐かしいみかん色、茜色。
きっとここが世界の始まり」なのである。

2017/10/10

出でよ、闘う文庫解説! 『文庫解説ワンダーランド』 斎藤美奈子 / 岩波新書

Photo親しい作家同士、互いに甘々と褒め合う解説、だらだら粗筋を書き連ねるばかりの解説、断りもなく犯人やトリックをさらしてしまう解説などなど、困りものの文庫解説については本ブログでも幾たびか指摘してきた。
もちろん豊かな作家紹介、鋭い一篇の文芸批評として切り出して読み応えのある解説も少なくない。個人的には岩井志麻子の『魔羅節』(新潮文庫)に寄せた久世光彦の解説など、一等星に値するように思う。

そんな「文庫解説」に着目し、古今の名作を新しいアングルで語ろうとするのが本書『文庫解説ワンダーランド』、しかも著者があの『妊娠小説』の斎藤美奈子とくれば面白くならないはずがない。冒頭から、痛快な勧善懲悪劇とみなされてきた『坊っちゃん』について各界の士が「実は悲劇」「いややはり喜劇」と丁々発止文庫解説上で斬り合う痛烈さ。続く川端康成、太宰治と、各社の文庫解説を比較検討することがこれら文豪の評価を洗い直すことにつながって目から鱗がはらはら落ちて止まない。

ただ、掲載先が岩波の「図書」、まとめたのが「岩波新書」という場のせいか、取り上げた大半が昭和以前の作家、作品で、今さら林芙美子、高村光太郎、サガン、バーネット、柴田翔なんか取り上げてどうするの、いや彼らを扱う是非はともかく、もっと現代作家とその文庫解説を語ってほしい、斬ってほしかった。「教えて、現代文学」と題した最終章に並ぶのが村上龍、赤川次郎、渡辺淳一はまだしも松本清張、竹山道雄、壺井栄、野坂昭如って……。

もう一点、本書は文庫解説を“てこの支点”にその作家、作品の評価を覆す試みなのだが、1冊、1人の文庫解説をもってあたかも当時のその作家、作品の評価がその一色で染まっていたかのごとき解き方がないわけでもなく、若干気になった。

一例。斎藤美奈子は庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』の中公文庫(1973年)の佐伯昭一による「機智とユーモアにあふれた愉しい風俗小説」という能天気な解説を受けて「当時のおおかたの読者の感想も大同小異だったろう」と少々上から目線だが、本当にそうだったろうか?
中公文庫は『赤頭巾ちゃん』の文庫化とほぼ同時に庄司薫が『赤頭巾ちゃん』より10年も前に本名の福田章二名義で発表していたシリアスな文体による『喪失』を刊行、また『白鳥の歌なんか聞こえない』の高見沢潤子の解説(1973年)に「この楽しい青春の書は、神を失った現代の社会がふりむいてもみない、人間にとって大切なもの、大げさにいえば形而上的なものを追求している、深い意味をもった青春の書なのである」と語らせている。
つまり、『赤頭巾ちゃん』はブームになった当時、すでに「愉しい風俗小説」としてのみ語られていたわけではないのだ。
斎藤美奈子は2012年の新潮文庫版の苅部直による解説で庄司薫作品の「佐伯がインテリの悪癖と切り捨てた<観念的、思想的な新現象>を述べた書であり、表層の軽さこそが<独特のてれ>なのだ」という構造が初めて明らかになったような書きぶりだが、これは事実誤認の類だろう。

2017/09/29

最近の新刊から 『月明かりの男』(ヘレン・マクロイ)、『月光のスティグマ』(中山七里)

Photo『月明かりの男』 ヘレン・マクロイ、駒月雅子 訳 / 創元推理文庫

ミステリ黄金期のテイストかぐわしく、いつも刊行が楽しみなヘレン・マクロイ。その待望の新刊『月明かりの男』だが……さすがにこれは若書きのせいか(1940年、ベイジル・ウィリング博士シリーズの第2作)、細かいところでいくつか気になった。

たまたま私用で大学を訪れたフォイル次長警視正が殺害予告を受けた亡命ユダヤ人化学者にたまたま出会い、殺人現場にも立ち会うご都合主義もそうなら、前後、延々描かれる事件現場の研究室や廊下の並びのわかりにくさ。とくに後者は犯人の逃走経路や不審者像の証言が3人の目撃者によってまちまちとなり、のちに犯人を特定するポイントになるのだから困る。せめて図で示してほしかった。

○○や△△など、おそらく当時としては新進のツールや症状を次々に取り上げて読み手をけむに巻く(実は事件の真相とはあまり関係ない)マクロイの悪い癖も気にかかるが、実は一作通して一番驚いたのは、物語の中盤、ウィリング博士が捜査に立ち寄った先で、一匹のゴキブリがテーブルのシルクの布の刺繍の上を堂々と横切り、それを見た登場人物の一人が「親指と人差し指でゴキブリをつまみあげると、窓から外へひょいと投げ捨てた」シーン。
なにゆえそんなにとろっちいのだ、アメリカのゴキブリ。
それともこのような情景描写をしてのけるマクロイ女史は日常からゴキブリより素早い才女なのか、もしや。

『月光のスティグマ』 中山七里 / 新潮文庫

「月」つながりでもう1冊。

中山七里はこと「どんでん返し」という技術において高く評価しているミステリ作家の一人で(男子体操、床運動の白井健三選手に対する称賛に近い)、いつか取り上げようと思っていたのだが、新刊の『月光のスティグマ』は残念ながら荒さのほうが目立った。

本書では美人双子とその幼馴染の少年がまず変質者に襲われて傷つき、のちに双子の一方が少年の兄を刺し、と思ったら〇〇に巻き込まれて双子たちと少年は別れ別れになり、のちに少年は特捜検事となって……実はここまでで導入部に過ぎない。

日本国内から最後は世界規模までの大きな事件や政変を次々ストーリーに取り込んで、ダイナミックといえばダイナミックなのだが、それぞれの事件が消化不良のままストーリーが転がっていくため、読後感は渇いたカステラを頬張った口の中のようだ。

大きな活字の文庫400ページにこれだけ詰め込むのは無理、というだけでなく、思うに、この作家は、「愛する人を護りたい」などというありきたりな若者の感傷、情感など切り捨てて、クールかつ執拗な悪人を主人公にした、たとえるなら柴田錬三郎のような肌合いの公判サスペンスを書いたほうがいいのではないか(実際、中山七里作品で無条件に楽しめるのは、そういった傾向ののもののような気がする)。

2017/09/21

よろしくお願いしまぁぁぁす! 『発達障害』 岩波 明 / 文春新書

Photo帯の惹句にいわく、
他人の気持ちがわからない 同じ失敗を繰り返す 極端なこだわり…… ASD、ADHD、アスペルガーの謎に迫る!

おやおや困った。なにしろこのカラスも、
他人の気持ちがわからない 同じ失敗を繰り返す 極端なこだわり……

学生のころから、時おりこうした精神医学関係の本を読んできた。およそ学究的な目的でも病気に苦しむ人のためでもなく、興味本位と言われれば仰るとおり。
その上で感じるのは、人の心を解析し、導くことの難しさだ。結核や天然痘が癌が治る、治らない、という話とはまるきり異なる。なにしろ心の状態は容易に定量化できない。どこまでが健康かの定義も難しい。

さらに、心の病については、精神医学界においても定義や対応がどんどんシフトしていく。
アメリカ精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル(DMS)の最新版(第5版、2013年)によると、
 「発達障害」という大きな括りの中に
 「ASD(自閉症スペクトラム障害)」と
 「ADHD(注意欠如多動性障害)」という括りがあり、
 その2つは一部ダブっており、
 「アスペルガー症候群」は「ASD」に含まれる
ようになったそうだ。
重要なのは、この集合のベン図、そして「発達障害は生まれつきのものであり、成人になってから発症するものではない」という点だろうか。少なくともお子さんのASDやADHDに苦慮しているお母様方は、ご自身の育て方を無闇に反省したり悩んだりする必要はない、ということだ。

本書にはこの「発達障害」の現時点での場合分け、サヴァン症候群・共感覚・学習障害など諸症状、過去の文献や大きな事件に見られる症例、適切な対応への試みなどがまとめられている。
病気に対する予断や偏見についての注意喚起を含め、概ね信頼に足る啓蒙の書であるように感じたが、著者の治療事例をもとにしたためか、大半が成人になって問題が明らかになったケースについてであり、タイトルと比べて違和感がある。また、(無論これは現在の精神医学の限界によるものなのだが)分類や症例の列挙ばかりで、結局のところ原因にも抜本的な改善にも触れられていないところ、など、食い足りないといえば食い足りない。

もう一点、本書に例証された映画『風立ちぬ』の堀越二郎、アンデルセンやルイス・キャロル、豊川主婦殺人事件や佐世保小6殺人事件などの顛末、分析を読むにつけ、たとえば(本ブログの最近の例でいえば)『花咲舞が黙ってない』の舞、『コンビニ人間』の古倉恵子、『これは経費で落ちません!』の森若沙名子、『フラジャイル』の岸京一郎たちにも発達障害の気味があるのではないか、という疑念がわく。もちろん、小説やマンガに登場する架空の人物についてどうこう言ってもしょうがないのだが、これらの人物たちになんらかの処置を施したら彼ら独特の個性、またそれに伴う出来事のあれこれが喪われてしまうのかと考えるとなにやらうすら寒い。

2017/09/17

sick inside 『花咲舞が黙ってない』 池井戸潤 / 中公文庫

Photoしゃっちょこばった本ばかり出してる印象の中公文庫からこんな経済ライトノベルがいきなり出てくる不思議。
しかも折り込みには文春文庫から同時発売された『銀翼のイカロス』との相乗り宣伝入り。
花咲舞が活躍する前作『不祥事』(2004年)は実業之日本社発行、文庫化は講談社からだったのだが、それから13年の間に何があったのだろうか。

──それはともかく、東京第一銀行臨店指導グループに所属する花咲舞が周囲の戸惑い構わず正義を振りかざす本シリーズは、(東京中央銀行勤務の半沢直樹シリーズ同様)作者得意の銀行を舞台にしたミステリサスペンス集である。
作者の銀行勤務体験から、銀行現場業務の詳細がバックボーンにあるが、読後感は野村胡堂や池波正太郎に近い。弱者の目線からの勧善懲悪、やや苦味の残る結末。

池井戸潤の本は「半沢直樹」や「下町ロケット」などのTVドラマブームに乗って(乗せられて)、あれこれ続けて読んだものだ。いずれも読み始めると寝食忘れるほどに面白く、主人公が立ちふさがる困難を突破する結末に毎度留飲を下げたものだが、さすがにその後は少し飽き、本書もどうしようかと思ったのだが、出先で買って読み始めると一気呵成。
世間を騒がした大きな経済事件をモデルにしたり、思いがけない人物を登場させたり、作者のサービス精神と読み手を転がすエンタメ手腕は相変わらずで、その点については文句はない。

ただ、作者が短篇を重ねてだんだん巨悪、銀行の暗部を明らかにしていっても、どこかしら矮小な印象が残るのは、これはおそらく作品のせいではない。
少子化、新規学究の停滞、中国経済の肥大化に伴う我が国の経済が相対的にエントロピー減少の様相を示しつつある中、池井戸作品で示される黒幕が巨利をむさぼる構図そのものがリアリティを失いつつある、そんな感触なのだ。

つまるところ、もうこの国では上場企業、メガバンク、政界がつるんでアンタッチャブルな権力と利益を享受せんとしても、はた目には領収書を誤魔化して不倫旅行にあてる程度の小賢しさにしか見えない。
そんな「巨悪」は少々コミュ障気味の臨店指導担当の報告書に覆されて当然。花咲舞が黙っていても、落ちていく先は変わらない。

(おまけ)
すごくどうでもいいことだが、TVドラマ「花咲舞が黙ってない」で舞を演じた杏、彼女がイメージキャラクターとしてCM出演するエアコンメーカーが三菱でよかった。

«『山怪 山人が語る不思議な話』 田中康弘 / 山と渓谷社