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2016/12/30

2016年、東海道四谷怪談 お岩めぐり

Oiwa_2実は、2016年の上半期は「四谷怪談」にハマっていた。

春先だったろうか、家人が人形浄瑠璃か何かに誘われて国立劇場に赴き、前進座が5月に「東海道四谷怪談」を演じるというパンフレットをもらってきた。

そこでふと、幽霊といえばお岩さん、恨めしやといえば四谷怪談──なのにそのお岩さん、四谷怪談について自分が何も知らないことに気がついた(子供の時分に映画は見たはずなのだが、友人と映画館そのもので遊ぶのに夢中になって、肝心のお話の記憶がない。なにやら緑々した竹林に人魂の揺れる場面が思い起こされるばかり……本当に四谷怪談だったかどうかすら、怪しい)。

そこで、さっそく前進座のチケットを買い求めたのだが、いきなり歌舞伎を見てもわからないことも多いだろうと、まず佐藤慶が伊右衛門を演ずる「四谷怪談 お岩の亡霊」をDVDで見た(大映特撮シリーズとして、ディアゴスティーニからガメラ、大魔神の延長で発売されていた)。
続いて鶴屋南北の原作を岩波文庫であたったが、原文を読んでもよくわからないので、高橋克彦が子供向けに翻案してくれたものを平行して読んだ。
一方、お岩については鶴屋南北とは別の流れがあり、高橋衛、小山内薫がまとめた作品を読んだ。
国立劇場で歌舞伎を観劇した折には、幕後の抽選で役者さんのサインはじめいろいろ記念品がパックになったものをいただいた。
後日、家人とともに四谷のお岩稲荷(於岩稲荷田宮神社)にも参詣した。

Oiwa2_3通して感じたことは、南北のお岩は、必ずしも恐ろしいばかりの存在ではないということだ。彼女はまったき被害者であり、その恨みは彼女を貶めた夫伊右衛門と彼をそそのかした輩に向かった。しかも、モデルとなったお岩は、南北が書いた時代より200年も前に健全な一生を終えた美徳の女性だった。その高名を南北が利用したのである。

しかし、だとすると、高橋衛や小山内薫が書き残したお岩はどこから出てきたのか、そこが今ひとつよくわからない。こちらのお岩像が時代的には南北より早いとする説もあるらしい。
小山内の描くお岩は暗鬱で、お岩が行方不明になったあと、疫病のようにかかわるすべての者に怨念が伝染していく。子供にいたるまで誰も救われない。言うなれば「お岩個人」を離れ、害をなす怨霊装置と化しているのだ。

などなど、この1年に読んだもの、観たものをざっくりでも書いておきたいと思っていたのだが、手を付ける前に年末になってしまった。
いずれ箇条書きででもまとめておきたいと思う。これが来年の抱負。

今年1年、おつきあいありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

『クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿Ⅲ』 マージェリー・アリンガム、猪俣美江子 訳 / 創元推理文庫

Photo『窓辺の老人』『幻の屋敷』に続く、キャンピオン氏を探偵役とする短編集の第三集。

キャンピオン氏はいわゆるイギリス有閑階級の紳士であり、警察の知己を得て事件の謎解きに参画する。なかには悲惨な事件もあるが、多くは日常のトラブルのちょっとした謎をもてあそぶお気楽なアイデアストーリーとなっている(同じ作者の長編には重いものもあるらしい)。

ただ、過去の2冊に比べ、中編、短篇それぞれ1作を収めた今回の『クリスマスの朝に』には少々がっかりするところがあった。

短篇の「クリスマスの朝に」は、いかにもイギリスの田園地方での事件を扱ったもので、解決後にほのぼのした味わいを残す。付録として掲載されているクリスティによるアリンガム追悼文も、その実力を評価しつつ自らとの違いを明らかにして悪くない。

問題は200数ページ余りに及ぶ中編「今は亡き豚野郎の事件」だ。
ミステリとしての骨子は他の短編に比べてしっかりしており、一人物の葬儀が二度執り行われる謎を、煩雑な人間関係から解き明かす推理ものとなっている。しかし、(翻訳のせいだけでもないと思うのだが)紳士を描くにしてはとにもかくにもガラが悪い。
タイトルからして、いくらいじめっ子であったとはいえ、小学校の同級生を「豚野郎(ピッグ)」呼ばわりはいかがなものか。
また、キャンピオン氏の従僕ラッグの言葉遣いが酷い。

 「まったく、旦那は知性のかけらもない間抜けだね」
 「ちょっとばかし言わせてもらいますぜ」
 「人をなんだと思ってるんです?(中略)笑わせるぜ!」

従僕や執事がギャグ、コメディとして描かれる場合は、一般に、表向きはあくまで主人を立て、徹底して低姿勢な言葉遣いを保つからこそ、その嫌味、慇懃無礼ぶりが可笑しいのである。ラッグの役回りはそれとはまた違うのかもしれないが、いずれにせよ「間抜けだね」「笑わせるぜ!」ではユーモアを楽しむ前に気持ちがささくれだってしまう。

本作に限らず、帯や解説でユーモアミステリと称される作品で実際にそのユーモアを楽しめるものはめったにない。自分の閾値が高いのだろうか。ルパン三世やガリレオシリーズ(の一部)は笑えるのだから、必ずしも鈍いわけではないと思っているのだが。

2016/12/27

パリイ パリヤー パリイスト 『乙嫁語り』(9巻) 森 薫 / KADOKAWA / エンターブレイン BEAM COMIX

Photo8巻に続き魂の葛藤娘パリヤさんの活躍……
説明はほとんどこれで終わりなのだが、一つだけ疑念を呈しておきたい。

パリヤさんはなぜ(アミルと友達になるまで)あれほどまでにダメ娘の刻印を押されていたのか、ということだ。
もちろん性格的にやや不器用で、妄想癖、あがり症でもある。だが、刺繍は不得手でもパンを焼くのは得意、家の手伝いもきちんとこなし、人助けはするし、話しかけられれば一生懸命返答。アミルやカモーラとひとたび友達になってしまえばとくに問題なく付き合いは続いている。縁談の相手たるウマルくんともなかなかいい雰囲気だ。

内気な女の子の魅力に彼だけが気がついて、というのは少女マンガ王道中の王道だが、それにしても父親の口から「近所の評判も最悪」とはご近所もあまりに見る目がない。

2016/12/19

『BOX ~箱の中に何かいる~(1)』 諸星大二郎 / 講談社 モーニングKC

Boxそれぞれ何者かに呼び寄せられ、奇妙な四角い箱型の館に集まった7人(に加え野次馬1人)。入り口はふさがってしまった。人形めいた少女の指示に従って“パズル”を解かないと迷宮を出られない。しかし……

(突然、上の部屋で何か重いものを倒す音が響き「『西遊妖猿伝』の続きはどうしたあ」と男の暗い叫びが耳を打つ)

続けよう、『BOX』もいつものように「細かいペンストロークを重ね」「カケアミを駆使した」((c)田中圭一)この作者ならではの世界ではあるのだが、若干の違和感をもった。
諸星大二郎の作品である以上、この箱は何、とか、少女の正体は、とか、まっとうな解答など得られないに違いない。にもかかわらず、どうも最終回までにはなんらかの解説、伏線の回収が得られるかのような気がしてしまうのだ……。

(窓の外でガタガタと砂場で何かを押し転がす音と、子供たちの口々にいやしげな「『海神記』も終わらせていないくせに」という声が聞こえる。声はだんだん近づいてくるようだ)

おそらく、前半の生真面目なルール説明や、『BOX』というらしからぬ直接的なタイトル、またいかにもMacでこしらえたといわんばかりのメタリックな表紙なども「よくある監禁ホラー」感に一役買っているのだろう。

(バタンバタンと何かを開け閉じする音が隣の部屋で沸き起こる。「『諸怪志異』は何年もかけて終わらせたではないか」と大勢の人ないし人ならざる者のつぶやく声は低く、男の声か女の声かわからない)

だが、繰り返すがこの作者のことだ、あっ

2016/12/11

『大江戸怪談 どたんばたん(土壇場譚)』 平山夢明 / 講談社文庫

Photo繰り返すが、文芸における、言文一致運動だの写実主義だの白樺派だのプロレタリア文学だの新感覚派だのといったいわゆる“潮流”が絶えて久しい中、平山夢明らが「実話怪談」という様式を形作り、若手を育成し、この出版不況下に書店の棚を埋め続けている功績はもう少し高く評価されてよい。

その平山夢明が杉浦日向子の名作『百物語』に啓発されて江戸を舞台にした怪談を書いた。

ただ、さしもの親分も慣れない時代物に多少気後れしたのか、最初の数編では

  〈夕まずめ〉というのは暮れ時のことで魚の食いが活発になる時分のことであり

とか

  〈追い回し〉というのは所謂、掃除、洗濯、道具の手入れ、雑用一般なんでもこなす内弟子のことで

など、当時の物言いを無理に使おうとしてのぎこちなさが目立った。そのうち怪談が怪談たるためにそんなことはどうでもいいと気がついたのだろう、語り口も妖異の現れもなめらかに、後半はずいぶんと読みやすくなった。

江戸時代の話だからもちろん取材に基づいた「実話怪談」ではない。だが、当時の習俗を素材としつつ、抹香臭さのない、現代に通じる切れのいい恐怖を描くあたりは流石。続編を期待したい。

«〔短評〕 『ベイビーステップ』(42巻) 勝木 光 / 講談社コミックス