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2017/12/09

アーキテクチャ 『お引っ越し』 真梨幸子 / 角川文庫

Photo(2011年の『ユリゴコロ』以来新刊のない沼田まほかるの印象が強いせいもあるのだろうが)いわゆる「イヤミス」のブームは過ぎ去ったように思われてならない。

実際は湊かなえ真梨幸子らの本は変わらず平積みで売れているようだが、それらをわざわざ「イヤミス」(読んでイヤな気分になるミステリ、後味の悪いミステリ)とまとめる必要が今となっては感じられないのだ。

では「イヤミス」ブームのピークはいつ頃だったか、というと、これは売り上げや批評を定量的に調べたわけでもない、ただの憶測だが、2011年からそのあと数年、つまり東日本大震災のあとしばらく、だったように思う。
何万という方が津波で亡くなり、原発事故にともなう不安、経済の停滞が続くなか、なにもわざわざイヤな気分になる本を──とも思うが、実際、当時の書店は「イヤミス」で溢れていた。

こういう考え方はどうだろう。株式投資に「ナンピン」という手法がある。ある株を買って値下がりしたとき、わざとその株を買い増すのである。たとえば1000円の株を100株持っていたとして、それが100円下がって900円になったとき、100株買い増せば手元の株の下がり分は100円から50円となる。株価が50円上がれば元値に戻るのである。

東日本大震災でさまざまなダメージを受けた私たちは、無意識のうちに手元の本にもイヤなものを求め、己の人生全体におけるトータルダメージを和らげようとしたのではないか……? 
もちろんこんな推測を組み立てたところでなんの役に立つわけでもないのだが。

真梨幸子の『お引っ越し』は、マンション探しや社内の部署移動、怪しい隣人、引っ越し業者の電話番など、引っ越しにかかわるさまざまなトラブルを扱ったホラー集である。各編数十ページ、全体で270ページに満たない薄い本だが、伏線が互いの作品に通底し、ある作品の曖昧な結末を他の作品が補完し、作者本人によると思われるゴージャスな「解説」あいまって全体にテクニカルな印象が強い。妙な言い方かもしれないが読了後に意外なほど「お得感」があった。
従来「イヤミス」という言葉で括られてきた真梨幸子だが、本来、技巧派と評すべき作家なのではないか。

ちなみに巻末に「作品はすべてフィクションです」の類の断り書きがあるが、編集者の手によるものか、最後の1文は余計だった。それとも今どきはこんな断り書きが必要なほどヘンな読者が多いのだろうか。

2017/11/25

アガサ無双 『招かれざる客』 アガサ・クリスティー、深町眞理子 訳 / ハヤカワ文庫

Photoクリスティーは理屈抜きに大好きで、ポアロやミス・マープルらのシリーズものは長編短編とも全部二度読みしたし、残るノン・シリーズの未読もあと数冊となった。

ただ、『アクロイド殺し』『オリエント急行の殺人』『そして誰もいなくなった』などの著名作については、なんとなくここで取り上げる気になれない。トリックの比重が大きすぎ、つまりネタが割れてしまうとフラットに読み返すのにパワーが要るためだ。それは、楽しいクリスティーの読み方ではない。

なので、このブログで過去取り上げてきたのは『象は忘れない』に『ポアロとグリーンショアの阿房宮』と、どちらかといえばマイナー作品ばかり。今回ご紹介する『招かれざる客』も、クリスティーの戯曲の中で『検察側の証人』や『ねずみとり』に比べればとりたてて高名ではない──なので、なんとなく読み逃していたのだけれど、いざ読んでみるとこれが面白い。まいった。

深い霧のたちこめる夜、車椅子に座った館の当主が射殺され、そのかたわらには拳銃を手に立ちすくむ若妻の姿があった。車が脱輪してたまたま館に立ち寄った男は……。

舞台用の戯曲だから、物語は終始一つの部屋だけで展開する。単純といえば単純なお話で、真犯人もわかってしまえばなんということはない。週末に再放送されているテレビの2時間ドラマのエンディングと大差ないといえばまあ大差ない(というより、クリスティーがサスペンスドラマ群の親なのだろうけれど)。
ところが、実際読んでみると、結末に愕然とする。泣けてしまう。
パラパラ読み返しても、B級サスペンスドラマと何が違うのかよくわからない。よくわからないまま、柔道の達人に投げられるように、コロリと転がされてしまうのだ。

先般、NHK BSの「球辞苑」で、プロ野球における、打席の初球がストライクの場合とボールの場合の打率の違いが話題となっていた。なんと初球がボールだと、ストライクの場合より平均して1割以上打率が高いのである。つまり、解説者が「初球から不用意にストライクを取りにいった」と苦言を呈するのはむしろ間違い、どんどんストライクを取りに行かないと相手は1割アップの大打者になってしまうということだ。
このような詳細な情報は、プロ野球全試合のデータ化と、それを解析するコンピュータがあって初めて明らかになった。

もしかすると、クリスティーの作品も、そういう次元の解析が可能なのかもしれない。
真犯人がどういう行動に出ると読者は騙されやすいのか。犯人が明らかになる直前にどういった会話があれば、読み手の注意が散漫になってしまうのか。
もちろん、こういった解析にはデータの定義からインプットまで、大変な作業が必要だろう。
それでも、かなりとびきりの秘訣があるに違いない。代表作でなくてこれほど面白いのだから。

2017/11/19

かいじゅうだもの あきお 『ウルトラ怪獣幻画館』 実相寺昭雄 / ちくま文庫

Photo先日地上波で放送された『シン・ゴジラ』の中盤に、一般人の避難が完了していないため官邸が自衛隊によるゴジラ掃射を躊躇する、というシーンがあった。
あの、背負われて踏切を避難していく女性、彼女こそ、故・実相寺監督の奥様(女優の原知佐子さん)であった。

実相寺昭雄。
特撮ファンなら足も向けて寝られない、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『怪奇大作戦』などの特撮番組において特異なストーリー、アングルの作品を多数遺した監督、脚本家である。
ガヴァドン、ジャミラ、スカイドン、シーボーズ、メトロン星人、円盤が来た、京都買います、と早送りすれば膝を叩いていただけるのではないか。いずれも単なる怪獣プロレスではない、独特な歪みと漆黒の闇を感じさせる作品ばかりである。
(もっとも、そもそもウルトラシリーズには実相寺作品に限らず、四次元怪獣ブルトンや三面怪人ダダなど、ちょっとお子様ランチでは説明のつかない回も少なくないのだが。)

そうした記憶に残る作品を遺した実相寺監督ではあるが、ご本人は予算やスケジュールに追われ、必ずしも個々の作品に満足されていたわけではないらしい。

この『ウルトラ怪獣幻画館』は、そんな実相寺監督が折に触れて怪獣や宇宙人に寄せた書画集である。
100ページあまりの薄い文庫だが、その分良い紙を使っており、存外に巧みな水彩のラフ画、そこに被せた書ともに、味わいは深い。
思うさま撮影し切れなかった怪獣たちへの哀惜、果たせなかった演出へのいらだち、当時の撮影現場への懐かしみなど、さまざまな思いが交錯し、ウルトラシーズの50年が40メートルの高さに浮かび上がる。

  モロボシ・ダンとメトロン星人が畳敷きの部屋でちゃぶ台を挟んで対峙する「宇宙人には、座布団をすすめるべきか」

  二次元怪獣ガヴァドンには「俺の眠りを邪魔しないでくれ」の讃

  あの宇宙人には「宇宙人の鋏も使いようか」

  ウルトラマンパワード版ジャミラには「お前はジャミラではない」と辛辣

  着ぐるみのぶら下がる旧円谷プロ怪獣倉庫を描いて「怪獣たちは何を夢見る…」

などなど。
手軽な文庫で発売されたことを喜ぶ一方、色紙なりに模写して掛け軸用に販売されたなら多少高額でも買ってしまいそうな自分がいる。

2017/11/17

メンタリティー 『日本人ときのこ』 岡村稔久 / 山と渓谷社 ヤマケイ新書

Photoきのこつながりでもう1冊。
妻が椎茸だったころ』に比べれば穏やかなタイトル、装丁だが、その実内容は凄まじい。

本書は奈良時代から江戸時代までのあらゆる説話、日記、和歌などからきのこについて触れた記載を調べ上げ、まとめたもの。
と書けばあっさりした印象だが、たとえば本文中には次のような一節がある。

  奈良・平安時代のところで、何首かきのこの歌を紹介した。(中略)きのこにたいする感動を正面から詠んでいるのは、『万葉集』の「高松のこの峯も狭(せ)に笠立てて盈(み)ち盛りたる秋の香のよさ」という短歌ただ一首に過ぎない。

つまり、こういうことだ。
著者、岡村稔久氏は、奈良から平安時代にいたる『万葉集』『古今和歌集』『拾遺和歌集』などさまざまな歌集にあたってはきのこを扱った和歌を数え上げ、その上で「ほかにはない」と断じているのである。
さらには鎌倉期の歌人寂蓮の和歌を取り上げ、

  これ以降、きのこやきのこ狩りを詠んだ歌は長いあいだ見当たらなくなる。

と語る。さらりとこう言い切るためにどれほど確認に手間がかかったことか。

しかし長年の艱難辛苦を感じさせない著者の淡泊な口ぶりはあくまで穏やかで、それぞれの時代の公家や武士、市井の人々がいかにきのこ狩りを楽しみ、高価なマツタケを珍重し、美味しく味わってきたか、興趣はその一点に絞られるのである。

それにしても、『今昔物語集』あたりまできのこの親分だったヒラタケが(京都の周辺にマツ林が増えるとともに)マツタケに主役を奪われて以来、日本人のマツタケ好みはあきれんばかりだ。貴族も秀吉も学者も町人も、こぞってマツタケ狂騒曲。シイタケなんぞ江戸時代の項の隅にオマケのように登場するばかり。

和歌だの随筆だの、「古文は苦手」という方も心配はない。きのこを食べて踊る尼さんの話やきのこの化け物が大暴れする狂言、きのこ料理の作り方からきのこによる暗殺事件まで、匂いマツタケ味シメジ、ほら鍋も煮立った、まずはこのきれいな赤いのなんてどうだい。

2017/11/15

怖い本 『妻が椎茸だったころ』 中島京子 / 講談社文庫

Photo〔諸星大二郎ふうのあらすじ〕

バイオ戦争から時を経て、世界は遺伝子レベルで改変された異形の生き物たちで埋まっていた。
ニワトリやネズミや魚には人間の遺伝子が混ざり、人間にはなんらかの動植物の遺伝子が潜む。「それ」が発現した人間はやがて体毛やウロコに覆われ、あるいは翼や尾を生やし、社会権を失って荒野に難民と化した。
私の妻はかつて食物工場の椎茸として栽培されていたが、手足、首が生えて人間の姿となり、ある襲撃事件を逃れてのち、ひっそりと我が家に入り込んだ。
妻手作りの生ぬるいシチューを食べながら私は誰にともなく繰り返す、私の手足はやがて短く縮まり、頭は傘のように開くだろう、私たちは暗く湿ったクヌギの枝に寄り添い、静かに胞子を吐くだろう。

〔中野京子ふうのあらすじ〕

今回の展示の目玉とも言える、女王の処刑を描いたこの大きな作品において、若き元女王は真新しい結婚指輪を嵌め、サテンの艶やかな純白ドレスは花嫁衣裳のようだ。しかし、その金色の髪の毛が片肩にに束ねられているのは首を切り落としやすくするためであり、衣装の胸元が大きく開いているのも同じ理由による。
元女王の前に置かれた台には古びた土鍋が用意されており、切り落とされた頭はキノコ鍋として一族に饗応される。
材料は白菜1/4、ニンジン1本、ムネ肉1枚、シラタキ180g、長ネギ1本、それに椎茸をお好みの分量。ムネ肉は一口大、野菜も適当な大きさに切ります。鍋にダシ汁1500cc、薄口醤油少々を入れて沸騰させます。処刑の終わった椎茸は石突きを取って傘を手で割き、肉、野菜とともに一煮立ちさせて処刑人が蓋を取ったら召し上がれ。







・・・筒井康隆が混じってしまった。
 
 
 
 
 

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